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新リア王

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新リア王。圧倒的な色彩感で読む者を魅了した晴子情歌の続編。

僧侶となった福沢彰之と晴子情歌の中で最も得体が知れない福沢榮。
40年代議士を務め青森に王朝を築いた榮が迎える夕暮れを
この父子(と呼べない関係だが)二人の対話を元に
かつて高村薫が書くつもりがないと断言していたテーマ、
政治、宗教、家族や金について話が進められていく。

晴子の手紙を読む彰之を元に話が進められた前作から一転、
ここでは父子二人の濃密な対話で話が進行していく。
前作は母晴子からの長いスパンでの手紙、
かたや疎遠だった(実の)父との4日間の対話と、
形式自体も対比が鮮やかですが、それ以上に色彩感覚や躍動感、
胸の奥に沈殿する何かが対照的で、
あまりそういう印象はないかもしれないが、
高村薫の挑戦のようなものも感じます。

筋書自体は複雑ではないのですが、ここで語られる内容は
市井に生きる私にとってはやはり馴染みがなく、
榮の語る政治の話はともかく、曹洞宗の僧侶である彰之の修行の話は
かなり難解に感じる部分もありますね。
読んでいても、どのくらい自分が理解できているのか不明なのですが、
それでも読ませてしまう高村薫の力技。

文庫本がまだ発刊されていないので、古本屋で単行本を購入したのですが、
上巻は割とよく見かけるのですが、下巻がほとんど見当たらない。
多分この彰之の修行の下りで諦めた人が多かったのではないか、と。
私も結構苦労したのですが、しかし一冊読み終えてみると、
実はその部分、上巻の中盤、で読者に染み込んでいく湿度が
物語全体を全体を覆っていることに気づかされます。
(実際に読み直すと、実際面白みが増してくる)

この作品を高村薫が書いた直接のきっかけは阪神大震災だったようで、
「足元が抜けるみたいに、今まで立っていた地上が無くなってしまう」体験が
新しい過去との断絶に狼狽する大物政治家の話に結実したのでしょう。

が、一方で今の時点から見ると、現在の閉塞感につながる様々な問題、
過疎化と原発、2世3世議員、政治の劣化と言葉の重み等、は
まさにこの本の舞台である1987年が一つの分岐点。
この後、政治家威嚇じゃなかった政治改革の掛け声のもとに
小選挙区制に代わって、坂道を転がり落ちるように
政治への大義や大志、理念が失われてしまったわけで
この年を舞台に定めた鋭さや切れ味はあまりに鋭利だと思います。

ただ、残念ながら、この本が上梓された2005年という時代に
高村薫が感じていたであろう危機感や焦燥感、言葉が通じないもどかしさは
10年後の今、当時からも想像できないほど更に劣化していて、
そのことには愕然とさせられる自分もいるのですが。
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上巻は比較的読み進めにくいこの本はしかし下巻に入ると
奔流のごとく流されていきます。
特に中盤からラストの榮の独白部分にかけての描写は圧巻で、
この作家の本は大抵そういう流れになることが多いのだけど、
やはりこの醍醐味は他では味わいにくいものだし、
初期の作品に比べるとやはり密度や濃度はひと味もふた味も違うわけで、
この作品、やはり読まないという選択肢はないな、とも思いますね。

さて、この作品の続編「太陽が曳く馬」はついに満を持して
合田刑事が登場し、二つの話がここで遭遇するわけですが、
自分(高村薫)の世代からずれた世代の言葉を
その作品でどう表現するのか?これまた楽しみでたまりませんね。
(すでに古本は入手済み)
夏の夜は長くなりそうです、はい。
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by zhimuqing | 2015-08-05 00:28 | La Sombra Del Viento | Comments(2)
Commented by ケンドリックス at 2015-08-04 22:04 x
晴子情歌から3作とばして冷血を読み始めてしまいました。いま上巻を半分くらいよんだとこですが、なかなか内容がしんどいです。はたして、最後までよめるか・・
Commented by zhimuqing at 2015-08-05 08:56
>> ケンドリックスさま

にいさん、それはかなり勿体ないと思うぞ!
今、太陽が・・・を読んでおりますが、
これは相当面白いです。電車で寝る暇もありません。はい。
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