8月リリースで楽しみにしていたアルバムその3がこのアルバム。ジルベルト・ジルのジョアン・ジルベルトのカバー集。ジルベルト・ジルの弾き語りメイン、しかもジョアンの愛唱歌となると、当然内容が悪くなるはずもないし、しかも先日モヤーン氏からもかなり良いらしい!との話を聞いていたので、これまた楽しみにしていたのですね。
どうも最近ジルベルト・ジルは盟友カエターノに比べて、日本での評価が不当に低く、前から不可解に思っているのですが、この人にはカエターノにない(というか目立たない)躍動感やバネがあって声自体にファンクネスが感じられるのが個人的に好きなところ。流石に若いころに比べると、声の筋力は少し落ちた感じもありますが、今年で72歳ということを考えると、信じがたいほど艶があり、味わい深さという点では、むしろ今のほうがすごいかも。まあ、他の国と違って、ブラジルの歌手は年を取ってからが勝負というか、年寄りになればなるほど、恰好よくなる人が多いのですけど、それを差し引いてもイイ!
ジルベルト・ジルの引き語りをベースに控えめなバックが入るのだが、歌もさることながら、ギターと歌が相まって生み出すウネリ!安売りしたくないのであまり使わないようにしている、グルーヴという言葉を使わざるをえないですよね。ジョアンが持っていたグルーヴをジル流に消化し尽くした上での物凄いグルーヴ。
そこにはボサノヴァ=おサレという図式は一切なく、ボサノヴァはサンバであり、グルーヴが溢れ出ていないと、という、ジルベルト・ジルの思いが感じられるわけで、それはアルバムのタイトル≪Gilbertos Samba≫に如実に表れていますね。
裏庭のサンバであるからには、余分な修飾音は不要。以前カエターノがプロデュースしたジョアンのアルバムも「João Voz e Violão(声とギター)」でしたが、このアルバムもまさに同じく、ジルの声とギターに焦点を定めたもの。でも、はっきりと言い切ってしまいましょう!82年以降のジョアンの作品よりもずっと良いです。
プロデューサーはジルの息子のベム(ベン?)とカエターノの息子のモレーノ。この組み合わせだけでも、私なんかはぐっと嬉しくなってしまうのですが、そのプロデュースぶりもまた素晴らしい。基本歌とギターに寄り添う形で最小限の音をあてがう、そのあてがい方に物凄いセンスを感じてしまいます。
パーカッションのフレーズも音数も少なく明らかにサンバなんだけど、明らかに10年代の今の空気があるし、休符の中に鳴っていないはずの音を感じさせて、驚きますね。ひっそりと挟まれるノイズも味付けしてみましたというレベルではなく、曲、もっと言えば歌を引き立てるために必要不可欠な音になっているし、何よりもアコーディオンの効きっぷりが凄まじい。センスの塊という言葉がぴったりです。そこいらのサンプラー使って、お洒落に仕上げましたというのとは50億光年ぐらい離れているぞっと。
あとね、音がものすごく良い。木や皮の鳴りと空気の振動がしっかりと滑らかに捉えられている。鼓膜にも当然優しい音ですが、ここまで生々しくふくよかな音ですと、これは並大抵のミュージシャンでは粗が出まくってしまうだろうと、まあ、そういう感じすら受けるのでありますね。期待以上のアルバム。
それにしても、ジル72歳、ドクター・ジョン73歳、スモーキー74歳。まだまだいけるでしょう!期待してまっせ。
ブラジル音楽史上、最高のコンビ。他にもいいコンビはいるけど、息の長さ、仲の良さ、全てにおいてこの二人が上!テレビに出て歌っている若き日のジルベルト・ジルを見て、カエターノのお母さんが「あんたの好きそうな黒人の子が歌っているよ」と。その翌年、友人となった二人は50年にわたり、ブラジル音楽を変革していくことに。このアルバムを受けたカエターノからの新作が楽しみだ!