私が大好きなスペンサー・シリーズの新刊「春嵐」を読了。
作者のロバート・B・パーカーが一昨年に亡くなったので、この文庫本がスペンサー・シリーズの最終巻。単行本はずっと前に出ていたのだが、文庫本になるまでずっと我慢していたのです。
なんといっても、このスペンサーのシリーズは、読むと背筋がピンと伸びるような、他では得難い味わいがあって、私にとってある種の栄養補強のようなものだったので、これで最後だと思うと、とても残念なのです。
フィリップ・マーロウは町のゴロツキを殴りつけても、本当の悪党とは戦わない、底辺にいる人々への共感もないとレイモンド・チャンドラーを評したのは船戸与一だったと思いますが、そのチャンドラーを師と仰ぐロバート・B・パーカーには、チャンドラーにはあまり感じられない社会的な弱者に対する共感を感じる視点が多く取りこまれていて、私の心を捉えて離さないのでありますね。
主役達が悪党に対して意地を張り倒す場面にも盛り上がるのですが、弱者に対する現実を踏まえた温かい(ぬるくはない)視点が底辺に流れており、様々な人々の自己回復が主題になっているものが多く、これがまた大変じわじわと効いてくるのであります。
そういう筋立てが、ナルシズムがひどすぎる、ハードボイルドではない!との批判を浴びることも多いようだが、まあ、その辺は人それぞれだからね。私にとっては、ハードボイルドど真ん中だと思うのだけどね。
閑話休題、最終作となった「春嵐」ですが、原題は≪SIXKILL≫、つまりこの作品で初登場するクーリー族の若者ゼブロン・シックスキル(Z)をスペンサーが鍛えるという話。となると、スペンサー・シリーズの最高傑作「初秋」を思い出しますが、流石にあの名作ほどの味わい深さはないものの、これはなかなかの逸品。
ダンサーとして育った初秋の少年ポール・ジャコミンとは違い、元アメフト選手のZをスペンサーの弟子として鍛えるという話。パーカーもかなり思い入れがあった様で、Zの回想シーンを随所に入れる等、いつもと違う手法を取っているし、Z自体がなかなか面白くなりそうなキャラ。ホーク(黒人)、チョヨ(チカーノ)、テディ・サップ(ゲイ)に次ぐ、先住民ネタの提供者としていい存在になっていただろうに。
そういう意味では、アジア系のカッコいいレギュラーが出てこなかったのが少し残念です。「歩く影」での中国系とベトナム系マフィアの中にキャラが立った人が出てきていれば、と思うのですが。
それにしても、Zを鍛えるという話なのでまあ仕方ないのですが、最終巻でホークが出てこないのが一番残念かな。トニィ・マーカスやデル・リオがしっかり登場するのはうれしいけど、やはりホークとZのやりとりが一度読んでみたかった。まあ、作者もこれを最終巻にするつもりはなかったのでしょうけど。ベルソンが出ないのも、やや残念だ。ジャコミンとかエイプリル・カリルもね。
ということで、15年以上になる私とスペンサー・シリーズとの付き合いはいったんこれで打ち止めになってしまうのですが、もう一度しっかり読みなおしてみることにしましょう。就職の際に知り合いにあげてしまった本もありますし、その辺も少しずつ古本で買い直して行くことにしよう。
ちなみに、パーカーのシリーズ各種は別の作家が引き継ぐことが決まっているようで、このスペンサー・シリーズはエース・アトキンスという作家が書いて行くことになったらしい。
残念ながら私はこのアトキンスを読んだことはないのですが、「ディープ・サウス・ブルース」とか「クロスロード・ブルース」等が代表作らしいので、これは題名的に私の趣向に一致している可能性が高く、アトキンス版スペンサーにもかなり期待が持てそうです!早川書房には、早く続編”Lullaby”の邦訳を出してくれるよう、強くお願いしたいのであります。