スリッカフォニックス

それにしても、福岡や佐賀にたまに行くと、日が長いのに驚くと言うか、
得した気分になりますね。
もともとはあの環境で暮らしていたんですけどね。

さて、移動時間に仕事をするつもりがない私は、
佐賀駅の本屋で中山康樹「エリクトリック・マイルス1972-1975」を見つけたので、
早速買って、読んだ見たわけです。
中山康樹といえば、日本有数のマイルス研究家でもある訳ですが、
以前読んだカインド・オブ・ブルー時代のマイルスを書いた
「マイルス・デイヴィス 青の時代」は以前読んでいたのだが
正直まあ、こんなもんだろうと言う感じだったので、
そんなに期待していなかったんですけど、
この本はかなり、というか物凄く面白かった。
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なんといっても時代が1972年~1975年(正確には1969年頃から)なんで、
まあ、どう転んでも面白くならない訳がないのですが、
大量の関係者のインタビューを元に話を組み立てているのだが、
その切り口からスライやジミヘンが滴り落ちるので、
私のツボに完全にハマってしまった訳です。

知っていた話も知らなかった話も改めてまとめて読むと面白い。
『ジャック・ジョンソン』を制作する際に、マクラフリンとマイルスが
JBとスライのリフを延々に繰り返し発展させていた、とか
ジミヘンが無くなった夜、ミッチミッチェルはスライとスタジオでジミを待っていたとか
暴動のファミリーアフェアーでマイルスが鍵盤を弾いていたという噂とか、
一つ一つの逸話に物凄く興味をそそられるのだ。
マイルスに直接関係ないが、ウェザー・リポートに一時期グレッグ・エリコが
参加していたという話も初耳です、はい。
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結構気になったのが、ピート・コージー&レジー・ルーカス時代に
第3のギタリストとして加入したドミニク・ゴーモンの話。
『ダーク・メイガス』、きちんと聞いてみないといかんなぁ。
74年にマイルスと出会い、マイルスがバックアップしてアルバムを作ったという
アート・ジャクソンと言うギタリストにも非常に興味をそそられる。
未発表に終わったそのCBSのアルバム、非常に聞いてみたい。

意外に?いい話も結構ある。
ジミヘンの葬儀で、すでに別れていたベティ・デイヴィスに電話をかけて
葬儀に参列するように促した話とか、
デューク・エリントンから来たクリスマス・カードに涙したマイルスとか
マイルスにスカウトされたデイブ・リーブマンをエルヴィン・ジョーンズが
「チャンスを活かすんだぞ」と抱きしめる話(これはマイルスの話ではないけど)とか。
でも、一番いい話はあれですね、マイルスの事故の話ですね。

車で事故った入院したマイルスを取材した記者に
「これからは安い車を買うのをやめればいいだけだ」と語り、
入院中に新車を買う話。
事故った車がなんとランボルギーニ、新車がフェラーリ・ディノ。
あと、スピードメーターが壊れていることを警官に指摘され、
「音を聞けば(速度は)分かる」と答えた話。
この辺の逸話は完全に無敵ですね。

関係ミュージシャンの話では、マイケル・ヘンダーソンも良いが、
やはりエムトゥーメイの話が一番面白い
エムトゥーメイは一度自伝を書いておくべきだと思いますね。
ここでネタばらしするのもなんだが(といっても、この時点で結構書いているのだが)、
私が一番興奮した部分はですね、このエムトゥーメイの話。
1971年ジャック・デジョネットの脱退後、加入したドラマー、
な、なんとティキ・フルウッド!

かねてからこの時代のマイルスがティキを使ってくれていたら!と思っていたのですが、
まさか本当に一緒に演奏していたとは!
ただし71年の年末の2回のみ。
エムトゥーメイによると「何故か上手くいかなかった」らしく、
その後の発展がなかったのが残念でならないのだが、
でも、ここで完全に参加してたらウエストバウンドでの
ファンカデリックの名曲は産まれなかった訳で
そうなると、どっちが良かったか分からなくなりますね、はい。
それにしてもエディ・ヘイゼルとマイルスのコンタクトがなかったのか、
そこら辺が物凄く気になってくるのでありますね。
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73年もしくは74年のマイルス・バンド。
これ以上カッコいいメンツというのも、なかなか思いつかないのだ。
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by zhimuqing | 2010-06-11 23:54 | On The Corner | Comments(0)
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