2017年京大入学式式辞

さすがに山極壽一は素晴らしい。本物だ!
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さて、では常識にとらわれない自由な発想とはどういうことを言うのでしょうか。私が高校生だった1960年代に流行った歌があります。昨年ノーベル文学賞を受賞したボブディランの、

“How many roads must a man walk down
Before you call him a man? 

人間として認められるのに、人はいったいどれだけ歩めばいいの?”
という問いで始まる歌です。そして、

“How many ears must one man have 
Before he can hear people cry? 

人々の悲しみを聞くために、人はいったいどれだけの耳をもたねばならないの?

How many deaths will it take till he knows
That too many people have died? 

あまりにも多くの人が死んだと気づくまで、どれだけの死が必要なの?”
と続きます。それは、

“The answer, my friend, is blowin’ in the wind 
The answer is blowin’ in the wind 

友よ、答えは風に吹かれている”
という言葉で終わるのです。

これはボブディランが21歳のときに作った歌で、「答えは風に吹かれている」というのは、「答えは本にも載っていないし、テレビの知識人の討論でも得られない。風の中にあって、それが地上に落ちてきても、誰もつかもうとしないから、また飛んでいってしまう」という気持ちを表したものなのです。彼はこうも歌います。

“How many times can a man turn his head
And pretend that he just doesn’t see?” 

 
そう、この歌は、誤りを知っていながら、その誤りから目をそらす人を強く非難しているのです。これは、1960年代に起こったアメリカの公民権運動の賛歌で、日本でも多くの若者が口ずさんだものです。

大学には、答えのまだない問いが満ちています。しかし、その問いに気づくためには、利己的な考えを脱ぎ捨てて、この世界を新しい目でながめる必要があります。常識にとらわれない発想とは、これまで当たり前と思われてきた考えに疑いを抱いたとき、それに目をそらさず、真実を追究しようとする態度から生まれます。どんな反発があろうと、とっぴな考えと嘲笑されようと、風に舞う答えを、勇気を出してつかみとらねばならないのです

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by zhimuqing | 2017-05-20 00:08 | Change! | Comments(0)
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