遂に出た!まさに人類必携!

遂に出ましたよ!奥さん!
ひたすら待ち続けてはや15か月!
当初の予定より遅れること半年!
待ちに待ったわけですが、我々ファンカティアーはですね、
Dのおかげでひたすら待たされることに
かなり免疫がついていますからね!

Ahh… The Name Is


BROTHAS BE, YO LIKE GEROGE,
AIN’T THAT FUNKIN’ KINDA HARD ON YOU?

By GEROGE CLINTON



・・・長いな。


ジョージ・クリントンの自伝ですよ!

邦題は、邦題は・・・

ファンクはつらいよ
バーバーショップからマザーシップまで旅した男の回顧録

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邦題ふざけてると思った方、手を挙げて!

1、2、3、・・・・
うーん、結構いるようですね。

ちなみにこの邦題、本を読めば分かります。
だてに丸屋九兵衛師が監修しているわけではないです。
ここをこうチョイスしてきたQB師のセンス、
実に素晴らしい!と声を大にしておきましょう。
一つ驚きだったのはDUブックスからだったことかな。
スペースシャワーじゃないんだ。

さて、肝心の内容についていいますと、
ただ必携の書というしかありません。

ファンク界の聖なる三大自伝、ホーリートリニティといえば、
“マイルス・デイヴィス自叙伝”、 “俺がJBだ!”、“私はスポック”が
その偉大なる三冊とされていましたが、
今後はどの本をもって三位一体とするか悩ましい出来でないかと。
本日読了した直後の感想としては、
マイルスとJBだ、そしてこの「ファンクはつらいよ」が新三位一体、
スポックは使徒列伝のほうに入れたほうが良いのかと。
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見よ!この堂々たる存在感。

もうね、随所に面白いエピソードが入っているのだけど、
クリントンの明晰さが際立つ描写が多くて、
恐れ入るばかりです。
もう各ページに赤線を入れていくしかないという感じなのですが、
クリントンの付け毛にちなんだのか、栞紐がなんと4本、
しかも黄色、ピンク、青、緑の4色あって、
これを各所に挟むことで後で参照できるという
素晴らしい装丁!いい仕事しています。
(ですが、参照したくなるところが多すぎて、当然4本では足りないのだが)
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試しに面白いところに付箋を付けてみた。

本の語り口はあくまでも冷静かつ的確。
なので、逆に凄みを感じるのですが、その辺が実にクリントンらしい。
Pファンク再評価以降、バンドメンバーへの愛情が溢れるあまり、
クリントンの凄みが逆に低めに見積もられてきたと感じている私には
いや、そうやねん、クリントンあってのPでしょ?と
膝を激しく叩きまくるわけであります。

見たこともなかった写真がたんまりと掲載されているだけで
私なんかは大きく盛り上がるわけですが、
やはり書かれている内容に燃え上がります。
下積み時代の話やモータウンに対するあこがれ、
スモーキーの才能に適わないと感じた率直な思い、
ジミ、スライ、トップス、スティーヴィーに対する尊敬の念、
特にジュニア・ウォーカーにもしっかり触れられている部分。
エディやバーニー、ブーチーに対する賛辞は色々なインタビューで
読んできましたが、造反したザ・パーラメンツの3人に対する思い等は
やはり読めてよかったかなと。

後半は著作権を取り戻す戦いが描かれていて、
それはそれで面白いのですが、やはり最高に面白いのは
下積み時代から全盛期最後の78年ぐらいまで。
この辺の生き生きした描写は燃えます。
好きな人が読むと本を閉じることが出来ませんので、
注意が必要ですね。(でないと寝不足確定です)

まだほとんどの人が読んでいないでしょうから、
あまり抜粋しまくるのは無粋ですし、きりがないのですが、
どうしても書きだしておきたいことも多々。
とりあえず今日の時点では、それは下の方に隠しておくということで。
でも、一つだけは、どうしても抜粋しておきたい。

自由は危険だ。なぜなら、自由になると、人々は自発的に考えるようになるからだ。
自分の権力を守ろうとする人間で、自由に考える市民に満ちた社会を欲する者などいない



いや、もう一つだけ。

自分にできることとできないことについて、明確に認識していないアーティストは多い。俺は自分の限界を知っていた。自分にできないことを把握していた。俺は楽器ができない。歌やアレンジだって、一番上手いわけではない。それでも、高所から全体像を眺めることができたため、飛行機を着陸させることができた。


この名著をものにした御大に望みたいのは、私が言うまでもなく、
世界中のファンカティアーが望んでいることだと思うのですが、
70年代のステージなどを中心とした豪華写真集ですよ。
出来るだけ大きくて、出来るだけ分厚いもの。
UFOが突然私の前に降りてきたときに
堂々と渡すことが出来るお土産の第一候補なんでね。
頼みますよ!

【追記】
翻訳を押野素子、監修を丸屋九兵衛が担当したというのは
我々日本語を母国語とするファンカティアーにとっては、
本当にありがたいというか、幸せなことです。
本文443ページ、一気にストレスなく読めるのはお二人のおかげ!
ファンクのなんたるかを分かったつもりで分かっていないセンセイに
翻訳とかされていたら、と考えるとゾッとします。
このお二人には感謝の言葉しかありませんね!



俺は思うに、彼(ジミ)が作っていた音楽は体制側にとってあまりにも大きな脅威となっていたのだろう。彼の音楽は、誰も答えることが出来ない疑問を生み出した。疑問を断ち切るためには、疑問を生み出すものを黙らせるしかないのだ。


俺が書く曲は大抵、恋する女性に傷つけられた経験や、俺自身の劣等感や恐怖心など、私的な事柄を原案としていた。しかし、レコーディング前に。俺はそれを普遍的かつ哲学的な曲に変える努力をする。


俺は、慎ましく、微細を観察するような曲を書きたくなかった。なぜなら、スモーキー・ロビンソンが書いてきたような曲と正面からぶつかることになるからだ。負け戦になることは分かっていた。


ノーであれ、イエスであれ、答えをそのまま受け入れる代わりに、そこをさらにかき分けて進み、イエスとノーの答えを越えたところに何がありえるのかを見極める。


すげえな、俺たち、票を持っているじゃないか。健全な民主主義のルールによれば、すでに俺たちは勝っている。その後すぐ、「しかし健全な民主市議とは?」という疑問が浮かんだ。これぞ最高にブラックなブラックコメディだった。俺は「バロット(票)があれば、ブレット(弾丸)はいらない」といったスローガンを走り書きした。


ヘロイン中毒のホワイト・キッドがスタジオに迷い込んできた。見知らぬ男だったが、彼はギターを少したしなむと話し、演奏するから現金を融通してくれないかと尋ねてきた。「ソロができる曲はないか?25ドルくれれば弾くよ」(中略)トラックをスタートすると、彼はまるで憑かれたかのようにギターを弾きはじめた。(中略)俺たちは皆、驚いて目を丸くしながら、「すげえな」と声を上げた。(中略)他の曲でも起用したいと思い、俺はこの男を探したが、彼は姿を消し、再び姿を現すことはなかった。(Get Off Your Ass and Jamの録音場面)


誰かが金を受け取らない場合、そいつは金以外のものを手に入れている。そしておそらくその何かとは、目に見えないものなのだ。


全ての楽器が演奏できるからといって、すべての楽器を自分で演奏したほうがいいとは限らない。自分の手から何か特別なものが出ているかのように聞こえる楽器はどれなのか、個性を発揮できる楽器はどれなのか、そこに気を配らなければならない。また、他のミュージシャンとの兼ね合いもある。様々なミュージシャンを織り交ぜることで、ケミストリーが生まれるのだ。集団という環境に時々立ち戻らなければ、次第に活力が衰えてくるのだ。


ユーモアを使っているからといって、俺たちが革命を起こすつもりがなかったわけではない。ただし、俺たちが起こそうとしていた革命は、平和かつ快楽主義的で、鏡に映る自分の姿に向かってウインクしているような、茶目っ気のあるものだった。レコードは。ターンする(ひっくり返す)だけで状況をオーヴァーし(覆し)、リヴォルヴする(回る)だけで、リヴォリューション(革命)を引き起こせる。


スライのようになりたいと思う者は大勢いた。しかし、あの種のクールさを醸し出せるのは、マイルス・デイヴィスとスライの二人しかいない。


ある日の午後、家にいるにはあまりに天気が良かったので、スライと俺はドライブに出かけた。5分ほどして、スライがこう提案した。「デヴィッドを誘おう」。デヴィッドとは、テンプテーションズのリードシンガーだったデヴィッド・ラフィンのことだ。デヴィッドは家におり、俺たちの車に乗り込んだ。再び車が動き始めると、スライがまた提案した。「仕入れに行こうぜ」。こうして、俺たちはドラッグ・ディーラーの家へと向かった。


俺が思うに、「クレイジー」は偉大さの必須条件だ。しかし、本当にクレイジーである必要はない。俺はクレイジーに振る舞うが、実際のところはかなり正気に近い。


他人と力を合わせること。これが最も重要な学びだ。とはいえ、常に自分の創造性がきちんと発揮されるとは限らないし、人によっては曲に対する考えも違う。しかし、基本的に求められるのは、仲良くやるということだ。バンド・メンバーが、アレンジャーやプロデューサーとしての仕事を始めるたびに、俺はそのメンバーを釣りに誘い、このプロセスを細かく説明した。


俺は子どもの頃、お気に入りのアーティストが喧嘩をするのを見るのが嫌だった。ああいう舞台裏のドラマは、ファンにとって何の役にも立たない。それに、個人的な恨みはない。ツアー先やデトロイトで鉢合わせしても、俺たちの間には特に険悪な雰囲気はなかった。彼らとは子どもの頃からの長いつき合いなのだ。恨みが入り込む隙はなかった。


≪Electirc Spanking of War Babies≫は、愛国心の影の側面(ダークサイド)を考察したという意味で、≪Uncle Jam Wants You≫から≪One Nation Under a Groove≫の延長線上にある。政府は、マス・メディアを通じて自信のアジェンダを宣伝し、それが電子的にベビー・ブーム世代の脳を操り、痛めつけているというコンセプトだ。


俺は、ジェシカのアルバムがリリースされず残念に思った。その思いは、今でも変わらない。彼女は卓越したソウル・ディーヴァで、チャート・アーティストになりえるメインストリームの気質を持ちつつも、超然としたPファンクの気質も併せ持っていた。アレはリリースする価値のある、美しいアルバムだった。いつか、元来の姿でリリースされてほしいものだ。


俺はフェラの大ファンで、彼のやること全てを愛していた。彼はボブ・マーリーのようだったが、そこに初心さはなかった。彼は、徹底して現実主義であり続けた。


スピーカーは素晴らしいラインナップで、俺の他にはファースト・アルバムを完成したばかりのマドンナや、ジェイムズ・ブラウンが招かれていた。セミナーの前に、俺は粋がって、ジェイムズにスプリットを18回やってみろといった。俺が話を終える間もなく、ジェイムズはスプリットを済ませると、お前も2回はスプリットしてみろと言い返してきた。俺は、1回やり終える前にキンタマを痛めた。


俺はペッパーズを連れて、アレサ・フランクリンのコンサートを観に行った。コンサートが始める前、俺たちがハイになってふざけていると、アレサの妹のキャロリンに出くわした。「あなたたちとは座らないからね」とキャロリンは言った。「あなたたち、どうせふざけるでしょ。そしたら、アレサはここに下りてきて、誰かを叱りつけるからね。説教されるのは御免だわ」。


80年代半ば、本物のファンクをやっていたスターは数少なかったが、その中で最高に格好良かったのはプリンスだ。


俺は陰謀を信じていたが、陰謀を信じてしまうと、何も信じられないという状況を引き起こす。だから、俺は「陰謀」というよりも、「陰謀論」を信じていた、といったほうが正しいだろう。見かけどおりのものな何もなく、舞台裏では見えない手が糸を引いている、という考えを信じていたのだ。


N.W.A.がデトロイトを訪れた時、警察は総出で彼らを迎え、私服の警官は500人を数えた。実のところ、俺はデトロイト警察から、グループとの懸け橋になって、<Fuck tha Police>を慎むように話してくれないかと頼まれていた。あの時、ドレーは恐怖に縮み上がっていた。キューブは説得に応じようとはしなかった。D.O.C.もその場におり、N.W.A.はやりたいことをやるだけだとあの耳障りな声で言っていた。


マイケルは年を重ねるごとに腕を上げ、より洗練されたシンガー、よりエキサイティングなダンサーになった。しかし、彼はそれ以上の存在だった。彼は篝火だった。子どもたちは彼を愛した。あらゆる国の人々が、彼を愛した。世界中の子どもたちを賛同させ、国境を超えさせられる人物。これは危険である。権力の座に就く者にとって、団結は危険な思想なのだから。そして俺は、サム・クックやジョン・レノンの死と同列で、マイケルの死を考えるようになった。権力者が開いたままにしておきたい傷口を、マイケルは癒そうとしたのだ。


「よお、ジョージ、ファンクするのもなかなか辛くねえか?」という問いの答えは、曲の中にある。そしてその答えは、過去も現在も変わりない。「最初から俺はハード(タフ)だった/最後までハードにやり通す」。
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by zhimuqing | 2016-07-14 07:28 | Funkentelechy | Comments(0)
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