イボンヌ改めイーボン

ということで、イーボン(イボンヌ)・フェアー。
完全に脳内でティカ・サンプターに置換されていますが、
その歴史を少し追ってみることにしましょう。

エタ・ジェイムズに憧れていたイーボンのキャリアは
61年にシャンテルズへの加入でスタート。
“Look in My Eyes”はポップで14位にランクするほどヒットしたが、
程なくグループを脱退。
この“Look…”もカップリングの“Glad to Be Back”は
どちらも細い声のリードでコーラスでもイーボンの声は特定出来ませんね。
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グループを脱退する時にチャック・ジャクスンにも誘われたらしいのだが、
イーボンが選んだのは当時売り出し中のJB。
で、その後JBのレビューに参加し、シングルを5枚(実質4枚)8曲。
うち5曲は編集盤≪James Brown’s Original Funky Divas≫に収録。
62年~63年発表の曲ですが、これはなかなかバカに出来ません。
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62年の“I Found You”と63年の“Say Yeah Yeah”は
65年の“I Got You (I Feel Good) ”と“Papa's Got A Brand New Bag”の
はっきりと分かるプロトタイプ。
“Out of Sight”(64年)でJBが本格的にファンクの路線を走り始める前、
まだまだJBがバラディアーとして鳴らしていた時期だと考えると、
歴史的にみても重要度の高い2曲であることは間違いないですね。

もちろん拳銃の研ぎ澄まされた鋼のような65年ぐらいのJBの音と比べると
純度や強度という部分では流石に及ばないものの、
ばたつくドラム、ラフなベースの音色等が雑味として入っているだけ、
今の耳ではワイルドさでは勝っていて味わい深いとも言えますね。
主役のイーボンの歌も当時のJBに負けないパワーだし。
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その他の曲はサザンソウル寄りのバラッド。
後にJBのレビューに参加するアナ・キングの先駆者のような感じ。
熟成したサザンソウルに比べると、起承転結のペースが速いというか、
いきなり唐突に終わる気もするけれど、それはそれでJB的でありますね。
フェイマス・フレイムスがバックコーラスを付けていたり、
JBが3連のピアノ叩いていたりと、スタジオの光景を想像するだけで
色々楽しそうな光景が浮かびます。
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64年にはJBとの間に娘が誕生。
イーボンはJBと敬愛するエタ・ジェイムスにちなんで
Jameserraと名付けようとするも、JBが却下しVenishaに。
当時、最初の奥さんと結婚していたJBとの関係は色々大変だったようだが、
ここでは割愛。

結局JBのもとを離れ、シャンテルズに戻ったりしつつ、
チャック・ジャクスンの11人編成!のバンドを含むレビューに参加。
声のデカいジャクスンとのコンビネーションは素晴らしかったそう。
イーボンがワンドと契約していなかったこともあり、
この二人のデュエットがレコーディングされていないのが残念だ。
マキシン・ブラウンとジャクスンの共演盤なんかは結構出来がいいだけにね。

当時ジャクスンがデトロイトのThe 20Grandでライブをやる時は、
ゴーディーを始め、モータウンの面々が見に来ていたらしいのですが、
ジャクスンの前座なのにスモーキーをステージに上げてみたりして、
周りの度肝を抜いていた向こう見ずなイーボンの当時のレパートリーは
オーティスの“Dock of the Bay”とかアリサの”Respect”。
アリサとキャロリンが飛び入りでイーボンのバックを務めたという、
アリサいい人伝説だな的な逸話もあります。
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67年モータウンは永年狙っていたチャック・ジャクスンと契約。
契約する際にジャクスンはイーボンも一緒に契約しろとネゴし、
ライブでの実力を認めていたモータウンもこれを飲んで
晴れてヒッツヴィルの一員になることに。
これで一気にスターダムにのし上がるかと思いきや、
なかなかそうはいかないのがショービジネスの難しさ。
時期も悪かった。

ジャクスンのモータウンでの最初の録音はイーボンとのデュオだったが、
これは残念ながら永らく未発表に。
当時モータウンといえば、あの華麗でチャーミングなマーヴィン&タミー。
求められるものとの違いは大きすぎたのかな。
デュオでの録音は数曲あるようですが(全部聴いてみたい!)、
うち1曲“It Must Be Love Baby”は編集盤A Cellarful of Motown!で
お目見えしていますね。
ジャクスンの男くさいハードボイルドな歌に全く引けを取らないイーボン。
音があまり良くないのが残念ですけど、中身は◎。
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4枚出ているこの編集盤ははっきり言って買い!です。

それにしてもタミー・テレルとの因縁も興味深いですね。
お互いの仲は良かったそうですが、
イーボンがJBのレビューを抜けた後に加入するのがタミー、
ジャクスンが67年にワンドでデュオ・アルバムを作るのもタミー。
後年マーヴィンのステージでタミーのパートを歌ったこともあるイーボン、
うーむ、色々な意味で複雑な感じを受けますね。
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このアルバムはまだ聴いていない。現在捜索中。

70年にシングルを1枚発表。
“Stay A Little Longer” b/w “We Should Never Be Lonely My Love”
A面はフークワ、B面はフークワとブリストル作で
あまり売れなかった模様ですが、これがなかなか素晴らしい出来。
しっとりとした南部風味が漂う曲で、全編爆発の嵐ではなく
緩急織り交ぜた歌唱はなかなかのもの。
ただ如何せん地味すぎるかな。

70年のモータウンといえば、前年末に始まるJ5の大活躍の最中だし、
ダイアナ・ロスの特大ヒットの”Ain’t No Mountain High Enough ”と
ほぼ同時期の発売。影が薄くなるのも仕方が無い。
そんな感じで当時アルバム1枚ぐらいの録音はあるらしいのですが、
当然未発表のままで、この辺はイギリスの紳士方に発掘をお願いしたい。

その後、LAに移り住んだイーボンは元インペリアルズ~オージェイズの
サミー・ストレインと結婚。
ストレインはJB時代からイーボンのことを気に入っていたらしいのですが、
それはここでは割愛。
71,72年、イーボンは自身のバンドと共にJ5の前座を務めていたのですが、
モータウンのスザンヌ・デ・パセはイーボンのツアーバンドを猥雑過ぎると
解雇するよう指示、代わりに雇われたのがコモドアーズ。
まだ積極的に歌っていなかったライオネル・リッチーを
フロントに立たせたのがイーボンだという逸話もあります。
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ヴェガスでの結婚式。
右端はディオンヌ、左から2番目はデ・パセですね。

その後、ダイアナ・ロスの映画「ビリーホリディ物語」に出演し、
“Shuffle Blues”を歌うも、サントラには未収録。
モータウンのクリエイティブ・チームを率いるデ・パセの部下として
モータウンで働いていたり、パティ・ラベルと親交を深めたりしつつ、
ノーマン・ウィットフィールドとアルバムを作り、75年に発表。
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ジャケは当然当時のモータウンで物議を醸し出したそう。

正直言って、これまた時期が遅すぎた感はありますね。
ノーマンと組むのだったら、本当は66年~68年がベストで
この時期は正直言って下り坂なのでね。
カバー曲ばかりで埋め尽くすのもノーマンとモータウンの悪い癖。
がしかし、意外な聴きものがあるのも確か。
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カバーの中では、冒頭の"Funky Music Sho Nuff Turns Me On"かな。
テムプスとかエドウィン・スターにも負けておらず、
よりゴスペル風味がまぶしてあって、よりスライ風でもあります。
あまり語られる事が無いけど、マーヴィンが後ろで歌っていて、
そのコンビネーションはなかなかのもの。

ファンク、ブラックロック調のものとしては、”Love Ain’t No Toy ”も
重心が重くてOK。歪んだ歌には好き嫌い分かれそうだけど。
テムプスの1990に収録されている"Let Your Hair Down"は
オリジナルを凌駕しているかな。

スティーヴィーのカバー、"You Can't Judge A Book By It's Cover"、
アイク&ターナー風の"Walk Out The Door If You Wanna"も悪くない。
ルーファスのカバー"Tell Me Something Good"はしなやかさに欠けて
オリジナルには負けるけど。
キム・ウェストンの"It Should Have Been Me"の豪快な歌もいい。
(グラディスのバージョンと比べると流石に分が悪いですが)

74年頃の録音なんで、音と演奏が結構カッチリし過ぎているのが
少しだけ勿体ない。
演奏陣にもジェマーソンやヴァンダイクなんかも入っているけど、
流石にこの時期なんで、その良さはあまり出ていない。
(というか、デトロイト録音の3,4,8曲目だと思いますね)
ギャドソンとエド・グリーンのドラムはやっぱり良くて、
ビズやゴーストフェイスがサンプリングしているのも頷けます。
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結局ヒットはあまり出ずに、その後友人のディオンヌ・ワーウィックの
ツアーの付き人のような仕事をしていたそうだが、
惜しくも94年にガンで死去。
お葬式には、グラディス・ナイトやジョニー・マティスも参加。
海外ツアー中で参列できなかったディオンヌは費用の面倒を見たそうで、
その人生を追うと、周りの人のいい人伝説がどんどん出て来るところを見ると、
やっぱり皆に慕われる素晴らしい人だったのでしょう。

とまあ、そんな訳で、簡単にまとめる気が大作になっちゃった。
それにしても、やはり気になるのはモータウンでの未発表録音。
これは何とかして出してもらわねば!
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by zhimuqing | 2015-06-15 00:28 | Funkentelechy | Comments(0)
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