この人がいなければ全てなかった

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病院に急遽入院していたのはもちろん知っていたのだが、
それでもやはりレナード・ニモイの突然の逝去の報はさすがにショックでした。
スタートレックの産みの親はもちろんジーン・ロッデンベリーだが、
私が思うに、育ての親として大きな役目を果たしたのが、
スポックの面倒を見たレナード・ニモイだと思いますね。

視聴率も振るわず、僅か3シーズン79話に終わったスタートレックが
ここまで大きなものとなったのは、勿論脚本や設定の素晴らしさもあるが、
ヴァルカン人と地球人のハーフの科学士官スポックの存在があってこそ。
スポックこそがスタートレックの理念を体現する存在であるし、
以後の作品でのデータやオドー、ウォーフ、セブン、クワーク、トゥポル、
みんなスポックの中に内包されている理想や葛藤を投影したものでもある。
スポックの葛藤や理想こそ、当時も今でも世の中に求められているものであり、
そのスポックに魂を吹き込んだニモイの貢献はいくら強調しても
強調しすぎることはないでしょう。

目先の数字に振り回されるテレビ局のお偉方に対して、
スポックのあるべき言動を守ろうとしたニモイの姿は
ニモイの自著「私はスポック」に詳しく書かれていますね。
その本でも述べられていますが、スタッフはシーズン毎に入れ替わるものだし
新しいプロデューサーや監督はそれ以前の経過を知らないわけで、
役に相応しくない行為やセリフを指摘するのは役者の務めとする意見は
実際の現場では色々と軋轢を生んだものかもしれないけれども、
真っ当な意見であったことは、後の歴史が証明していますね。

人気が出た後であればともかく、視聴率が低迷していた初期の段階での
この「役者の務め」は相当に大変だったとも思いますし、
後世の我々にとって幸運だったのは、レナード・ニモイ本人が
洞察力や想像力に満ちた堀の深い人物だったことですね。
底の浅い俳優が自説を振り回していたらと思うと、正直ぞっとします。
(後世に残る作品にはならなかったとも思いますが)

新スタートレック以降はスタッフに元々オリジナルのファンだった人が多く、
スタートレックの世界観はしっかり守られているが、
ここでは何といっても107話、108話でのスポックのゲスト出演が肝ですね。
(加えて、その前触れとしてのスポックの父サレクが登場する71話)
スポックが最後の場面でピカードと精神融合して亡き父のカトラに触れる場面は
全シリーズの中でも屈指の名場面だが、オリジナルと新シリーズとの連続性を
持たせる意味でも本当に重要な話ですね。(私が言うまでもないですがね)

更にいえば、結果的には昔検討された設定の復活となった、
J・J・エイブラムス監督の11作目の映画では、
ニモイは若いスポック役のオーディションに携わり、
しかもまさかの出演(しかも2作連続)で繋がりを深めてくれるサービスぶり。
(ザカリー・クイントをチョイスしてくれたことにも感謝!)
それにしても11作目でニモイが出てきた時の興奮は
今でもはっきりと覚えていますね。
13作目にも出てくるのではないかと期待していたのですけどね。
ヴァルカンの血が混じっていない私、やはり大変寂しいですね。
(ヴァルカンの血が混じっていても寂しいのだろうけど)

Infinite Diversity in Infinite Combinations
(無限の組み合わせにおける無限の多様性)、
つまり、様々な形態の生命が平和に力を合わせることで、
意味と美を創造出来るという、ヴァルカン人の信念を
見事に演じてみせたレナード・ニモイ、ありがとう。
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by zhimuqing | 2015-02-28 10:29 | Make Me Wanna Holler | Comments(0)
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