マンチャでひたすら盛り上がる

そんな訳で、ラフィン系御三家の一人、スティーヴ・マンチャの続き。
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数年前にひっそりと出ていたマンチャのソロ音源集、
もちろんノーザンソウルに異様な情熱を燃やすイギリスならではの力作ですが、
気が付いた時には入手困難になっており、ボッタクリ価格が横行している始末。
私はなんとかイギリス方面で探索を重ね、無事サルベージ出来た訳ですが、
こういう貴重な音源はカタログとしてきっちり残していて欲しいものです。

デトロイト周辺に限らず、60年代のインディーズのシーンは
もう一つ(どころか、全く)分からないことが多いうえ、
点と点とが妙なところで繋がってしまうなんてことも多く、
これが面白いと思ってしまうと、もう泥沼で引き返すことが出来ないのですね。

例えばデイヴィッド・ラフィン。
モータウン入りする前に60年にアンナ・レコードで2曲、
61-62年にチェック・メイトで4曲録音していることは有名だけど、
その前にリル・デイヴィッド・バッシュ名義で
58年にゴスペルを2曲残していることを最近知ったのですね。
で、そのレコードのライターを見ると、グエン・ゴーディーの名前、
つまりベリーの姉ですね、が連なっていることにも気付き、
夜中に結構興奮してラフィンのような雄叫び(当社測定)を上げる、
いや本当に上げるとヨメに怒られるので、5dbぐらいで試してみる、
なんてことが、我が家でも夜な夜な繰り広げられる訳ですね。
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Vegaからのシングル1枚のお写真。
相場のことは良く分からないけど、万札1枚では済まないのは確実。


とまあ、そんな謎が多いこの世界ですが、スティーヴ・マンチャに関しては、
先人の努力と探索のおかげで割とすっきりしているのがありがたいですね。

最初期の録音はWilburt Jackson とのデュオで、Two Friends名義。
売れよう!売れたい!という気概をあまり感じさせないどころか、
もしかして他に友達がいなかったのでは?と疑ってしまいそうな、
全くさえないグループ名ですね。
名A&Rとして名を馳せる、元ムーン・グロウズのハービー・フークアに
見出されてフークアの関わるいくつかのレーベルで数年間活動したそうです。
もちろん激レアシングルを追いかける資金力が無い私は未聴です。
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シングル道にだけは落ちないように気を付けないと。

スカウトの目も確かだったフークアを頼るのは良い選択だったと思うけど、
肝心のフークアは新しく見つけた別のコンビ、Johnny & Jackeyに夢中で、
マンチャはほぼ放置プレイになってしまう。
マンチャの経歴を追うと、こういう感じの繰り返しが多く、
良いところでいつも流れが上手くいかず、不運な流れになってしまうことが多く、
またそういう経歴が私のような者の思い入れをさらに強めてしまうわけですね。
ちなみに、このJohnny & JackeyのJohnnyは後にフークアとのコンビで
モータウン史やその後のメロウなソウル界に名を残すジョニー・ブリストル。
相方のJackey はデトロイト・ソウル屈指の名シンガーとして
つとに名高いJackey Beaversですね。
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マーヴィンを見出したのもフークア。
もしかすると、最強のスカウトマンだったかもしれない。
マーヴィン、アンナとグウェンのゴーディー姉妹、フークア、夫婦2組でもありますね。
アンナはマーヴィンとこのずっと後に泥沼の離婚劇を、
グウェンはフークアと別れた後、G.C.キャメロンと結婚することに。色々な人生


音楽面で非常に有能なフークアは、しかし金勘定は苦手だったようで
運営していたレーベル、トライ-ファイも結局うまく運営できずに
63年頃、義弟ゴーディーが手を差し伸べる形で買収(吸収)されてしまう。
フークアは義弟の会社に入ることになるのだが、自分の配下のアーティスト、
スピナーズとかショーティー・ロングと一緒にTwo Friendsも
快進撃を始めていたモータウンに移ることに。
ここで、快進撃の波に上手く乗ることが出来ればよかったのだが、
結局デュオでもソロでも録音を残すことが出来ず、ソングライターとしても
実績を残せずに、結局モータウンを離れるのが64年の末か65年。

いつも思うのだが、このタイミングはテムプスが四苦八苦していた時代だし、
ここで、マンチャとかメルヴィン・デイヴィスがリードに収まるという話が
持ち上がったりしなかったのかな?
ラフィンが収まってソウル史上最高の結果になるので結果オーライだけど、
あの凄まじいハーモニーとあの超絶名曲、あの演奏陣をバックに
マンチャが、あるいはメルヴィンが歌うのを想像すると、
それはそれで大いに盛り上がるのだけどね。
ちなみに、67年のラフィン独立時にメルヴィンが加わるという、
ダブル・メルヴィン体制を妄想しても、ご飯が何倍でもおかわり出来ますな。

モータウンを離れたマンチャが頼ったのが、同じくモータウンを離脱した
デトロイトの裏番長、ドン・デイヴィスの元。
配下のレーベルで9枚のシングルを残しているが、
これは実はほとんどCD化されていて、手元ですぐ聴くことが出来るのがとても嬉しい!
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ドン・デイヴィスの昔の写真もあるようで、意外に無いもんだ。

Wheelsville USA-102:Did My Baby Call / Whirl Pool
Groovesville-1001:You’re Still In My Heart / She’s So Good
〃   -1002:I Don’t Want Lose You / Need To Be Needed
〃   -1004:Friday Night / Monday Through Thursday
〃   -1005:Don’t Make Me A Story Teller / I Don’t Love And Leave You
〃   -1007:Just Keep On Loving Me / Sweat Baby
〃   -1009:Easy Living
GroveCity-204:Hate Yourself In The Morning / A Love Like Yours


グループ名義の曲も4曲ほど。(多分他にもあるのだろうけど)

The Professionals
GroveCity-101:Did My Baby Call / That’s Why I Love You

The Holidays
GroveCity-206:Easy Living / I Lost You


この二つのグループもメンバーが謎というか、ぐちゃぐちゃしていて
大変分かりにくいので有名ですね。
この辺になると、もう私の手にあまりますね。
特にホリデイズのほうは、エドウィン・スターとかJ.J.バーンズも絡んでいるのだけど、
この206に関しては、マンチャのソロをグループ名義で出しただけらしい。

VSOPというレーベルから発売されたCD≪Detroit Soul Man≫には、
上記18曲のうちソロ名義の15曲が含まれている上、
5曲の未発表曲も入っていて、もう本当に助かります。
オリジナルのシングルで集めると一体いくらかかるんだ!?という、
そういう一枚ですが、そういうレア度なんかよりも中身の良さ!が大事。
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この時期、マンチャの作品は、「言葉にならないほど良い!」、「絶句するほど良い!」、
「悶絶するほど良い!」の3段階しかないのは、皆さんご存じの通り。
なんといっても、せつなさとやるせなさと男の武骨さが綯い交ぜになった
マンチャの素晴らしい歌がたまりませんね。
コーナーを果敢に攻めて、ガードレールに車体がこすれて火花が出る感じといえば、
分かりやすいかな?かえって分かりにくいかな?
ドン・デイヴィスの作りだす、どちらかというと無骨な音作りも素晴らしく、
簡単にいうと、無敵のデトロイト・ソウルが展開!されるのだ。

残る5曲に関しては、先日購入したグルーヴズヴィルの編集盤に
プロフェッショナルズの1曲が入っているし、職場のD氏に借りた
別のグルーヴズヴィルの編集盤には、加えてホリデイズの2曲が入っているので、
残るはGroveCity -101の1曲、Did My Baby Callだけなんだけど、
インストという噂もあるし、無理して入手しなくてもよさそうですな。

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あとはスタックスから出たJJバーンズとカップリング盤に
入っているKeep The Faithが上のリストにないない曲だが、
これは実はSweet Babyと同じ曲。こういう変化技もあるから恐ろしい。
カップリングのJJバーンズも当然ドン・デイヴィス印なので、内容は◎。

その他未発表曲が結構まだあるんでしょうね。
90年代にイギリスのGoldmine Soul Supply から発売された
He Stole A Love That Was Mine / Come On Babyも67年の未発表曲。
でも、これはネットで聴いた限りではやや弱いかな。

ただ、これだけ素晴らしい作品を残しながら、
ドン・デイヴィスの元でも決定打となる大ヒットが出ない。
一方でドン・デイヴィスはスタックスに乞われてメンフィスへ。
マンチャはここで同行せずに、モータウンから離脱したH=D=Hが
立ち上げた新レーベルHot Wax /Invistusに参加する。
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ご存じホーランド=ドジャー=ホーランド、まだモータウンで楽しくやっていた頃ですね

当時のH=D=Hの勢いをみれば、デトロイトのシンガーで無くても
Hot Waxに参加するのは当然の選択なのだが、
そのままドン・デイヴィスと一緒にスタックスに行っていれば、
これまた違う展開が待っていたのだと思いますね。
例えばジョニー・テイラーとかソウル・チルドレンとか、
特にステイプルスのような南部のファンキーな音をバックに歌う
スティーヴ・マンチャも聴いてみたかったのは確かですね。
もっともマンチャはデトロイトのスタイルのほうが合っていたかも。

で、Hot Waxで100 Proof Aged In Soulで遂に大ヒットが!
2枚残したアルバムも中身も抜群で70年代前半のソウルでも
10本の指に入ると言っても過言でないでしょう。
ややファンク寄りになったデトロイト・ダンサーも良いが、
やはり少しテンポを落としたミディアム・ナンバーのほうが
身が捩れるような、心の底がひりつくような、マンチャの持ち味が
より存分に発揮できているかな。最高としか言いようがないですね。
ロン・ダンバー、グレッグ・ペリー、そしてマンチャ自身のペンによる
曲の良さもまた格別だ。
Hot Waxの音は日本でほぼ完全に解明されていて
簡単に聴くことが出来るのが大変ありがたいですね。
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中身は最高だけど、100 Proofももう一つ垢ぬけないジャケット。
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表も?だが、裏も良く分からない。何故鳥が死んでいるのか?

そうして、ようやく永年の努力が報われるのだけど、
今度はH=D=Hが新興のフィリー勢に押されて、一気に減速してしまう。
モータウンは72年に、旧知のフークアもLAに移動している中、
マンチャも西海岸に来るように誘われるが、そのままデトロイトに留まり、
ゴスペルの世界へ戻ってしまうのですね。
70年代以降のウエストコーストの開放的な音にマンチャの陰影を
重ねてみるのも面白かったとも思うのですけどね。
あるいは、ルイス・プライスの代わりにテンプスに参加することを
妄想してもかなりイケルんですけどね。(うーん、妄想だらけだ)

その後の消息は良く分からないけど、90年代に入ってイギリスで
何曲か録音しているけど、これはまあ無視していい出来でしょう。
ということで、終生ほぼデトロイトから離れなかったマンチャ、
多分ツアーとか、そういう面倒なことが嫌いだったのかな?と思ったりも。
実力的には超一流、ポジショニング?も抜群だったのに、
結果的に全国的な知名度を得ることが出来なかったが、
こうやって足跡が辿れるだけでありがたいことですね。
ということで、今晩もマンチャに浸ろうではないか。
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by zhimuqing | 2014-02-23 02:28 | Funkentelechy | Comments(0)
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