極上のエデュテインメント

「ライブ! 9条どうでしょう」に行ってきましたよ。

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9条どうでしょう?という本が出版されたのが06年だからもう7年前。
このタイミングでの著者4人による座談会があったので、
もう期待度はリミッターを振り切る勢いで、春日のシビックホールまで。

ちなみに、主催者側の宣伝文句はこんな感じ

あの男たちが帰ってきた! ……ということではなくて、
あれからも、これからも、相変わらず
虎の尾やら地雷やらを踏んだり踏み超えたり避けたりしながら
そのへんに居続けて口を閉ざすこともなかった4人が、またぞろ一堂に会して、
こんどは生でトークセッションを行うことにしたということだ。

昨年末の政権交代で、憲法改正の動きもほのみえてきたが
護憲・改憲の硬直した‘原理主義’のいずれにも回収されることのなかった
憲法論者たちは 6年を経た今、どのように語りはじめるのか。


内田樹、小田嶋隆、町山智浩、平川克美なので、
当然のことながら、会場は満員札止め。
福岡伸一とか水道橋博士とか有名人もチラホラ。
眼鏡かけてない山里亮太もいたな。
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もうね、期待しまくって聞きに行ったわけですが、
ワタシは始まって3分で後悔しましたよ。
なぜ友人諸氏とか両親とかヨメさん等を誘わなかったのか?
あんな面白い話、私一人で聞くのは勿体無さすぎる。
大爆笑に次ぐ大爆笑。
最初から最後まで大笑いで、あっという間の2時閑弱。
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私がエデュテインメントという言葉を知ったのは、
BDPのアルバム・タイトルとして、だったと思うけど、
連射されるとても勉強になる話がいちいち笑えるという極上の時間。
元の本自体、メチャクチャ面白い本だったけど、生で聞く方がずっと面白い
(ちなみに一番大きい声で笑っていたのは、博士だったかな)
青筋立てて力説するのもいいし、悲観的になるのも別にいいけど、
やはりこういう笑いによる攻撃が一番効果的だな。
講演終了後の湧き上がる充足感はなかなか他で味わえない種類のものだ。
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後日、主催者のラジオデイズから配信されるということで楽しみなのだが、
中盤以降、小田嶋隆と町山智浩から乱れ飛んだコネタの数々、
グレート東郷やらエグザイルやらビッグダディやら長渕やら
某学会の大きな節目問題とか下痢のクスリによる副作用やら、
そういう脱線した(実はしていない)ネタが、カットされそうなのが残念だ。
でも、やっぱり楽しみなので、早く配信してください!
というより、まだまだこの4人の鼎談が見てみたいので、企画のほうもお願いしたい。
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印象に残った言葉を記憶の中から幾つかピックアップ。

アメリカは最近日本の右傾化に対して、強いシグナルで警告を発していて、
安倍首相もアメリカに行って帰ってくるといきなりトーンダウンしている。
脇の甘い都知事や市長はそのシグナルに気が付かず、落とし穴に嵌っている。

憲法というものは、原則的に押し付け出なくては出来ない。
フランスでは王政への、アメリカでは旧宗主国への
新しい体制から古い体制へ「こういう国を作るぞ」という宣言であり、
クーデターや革命等、その時の体制をひっくり返して初めて出来る。
対米従属が党是となっている自民党が宗主国アメリカに対して宣言できるのか?

岸信介なんかの時代だと、面従腹背という側面が強く、
アメリカの要求を呑む形だけとって、実は何もしない人が多かったが、
何十年とアメリカに面従腹背を続けているうちに、
建前が身体化して面従腹従になってしまっている。

自民党の草案は自分達が大家で、国民が店子だと思っている。
居酒屋のおじいちゃんの張り紙「怒ってはいかんぞ」みたい。校則レベル
最後に”みつお”って書いてそうだ。

[公共の福祉]を全て削除し、[公益及び公の秩序]に変更しようとしているが、
[公共の福祉]の理念はローマ時代の[民の安寧]から来たもので、
人権と人権がぶつかった場合にどうするか、という考え。
[行き過ぎた個人主義を是正する]といっている自民草案とは全くその位相が違う。
自民党案は、”自由と自分勝手は違うのだぞ”という課長レベルの視点でしかない
「権利」と「義務」の言葉を総入れ替えしても、多分意味が変わらない

今、政治家は公務員であることを忘れていて、公然と憲法を罵倒している。
憲法の遵守義務があることを忘れている。
ヒトラーがワイマール憲法を「ドイツ国民を愚弄する屈辱の憲法だ」と
宣言したところからナチスがスタートしたことを忘れてはならない。

アメリカやドイツが何回も憲法を修正しているという話があるが、
その中身については触れられていない。
アメリカでは、国家の権力を抑制し人権を拡大する条項を加えているだけで
今の日本の議論とは全く真逆のベクトルである。
ドイツについても、憲法の基本概念は変えられないし、
公の場で否定すると大変な問題になる。
戦争をするための軍隊を持ってはいけないと明記されている。
侵略戦争を否定する憲法を持つ国はEUや世界各国に実はたくさんある

自民党草案を読むと、過去に対して一切反省せず消去して
戦前の日本を肯定したいという願望がよく見えるが、
総括してケガレを祓うには、どこかにその責任を押し付けるしかないことが
よく理解できていない。
ドイツはナチスに、フランスはヴィシーに押し付ける形を取っている。
あれはナチがやったことだ、当時のドイツは完全に悪かったと認めた上で、
再軍備しているので、周辺諸国も文句が付けづらい。
そうではなく、戦前の日本に戻します、戦後を否定して戦前と連結します、で
外国は納得できると思っているのか?

憲法とは理想論、理想は永遠に達成されないもの。
齟齬があるからといって、簡単に修正していいはずがない
そうなると、ルールですら無くなってしまう。

96条 国民投票で国民の過半数となっているが、
そもそも民主主義が綱渡り。国民の支持は当てにならない。
長渕とかビッグダディとか車の後ろにぬいぐるみを敷き詰めている人達が
これまでの日本を動かしてきている人々で、
自民党はそういう人たちを完全にターゲットにしている。
憲法はだから国と国民の両方を縛るもの。
96条はそういう意味から変えるべきではない。

マスメディアの記者 昔は特ダネを狙うが、今は特オチを避けることに必死だ
橋下に誤報だと決め付けられても、ろくに反論出来ないマスメディアとは?
誤報こそが一番メディアの人間にとって恥ずかしい言葉であろうに。

憲法を改正して戦力を持つとなった時、どうするのか?
少子化で若い人がいなくなってきているのに。
行き着くところは核兵器の武装? 
ということは、結局のところは北朝鮮みたいな国になりたいのか?

自民草案では国土の防衛に国民も協力しろとあるが、これは徴兵制のこと。
徴兵制にするのだったら、老人から順番に徴兵するようにしろ。
戦う相手も老人だったら、やりにくいだろうし、
でも、そうなると、イシハラは徴兵に応じるかな?



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ちなみに、これは本の書評に対する内田樹のコメント。
これまた面白い。

気合いを入れて書いた本だったが、ぜんぜん書評に取り上げられなかった。

どうしてかしらと思案したが、やはり書評家たちが「リスク」を避けたというのが
実情ではないかと思う。

なにしろこれだけ態度の悪い書き手が四人集まってしまったわけである。
好意的に書評すれば「あの類か……」という致命的な決めつけに
業界内部的に立場を失い、否定的に書評すれば、居丈高に説教垂れる、
せせら笑う、向こうずねをかっぱらう、パイを投げつけるなど
掟破りの反批判を覚悟せねばならない。
仮に私が書評を頼まれてもおそらく遠慮するであろう。

こうなれば「その本が存在したことさえもできればはやく忘れたい本」として
記憶されることを願うばかりである。

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by zhimuqing | 2013-05-22 23:28 | Make Me Wanna Holler | Comments(0)
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