ヴァイオリン

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そんなとき、パパにだれかから、話があった。それは、軍需工場という、
兵器とか、そのほか戦争で使うものを作っているところに行って、
軍歌をヴァイオリンで弾くと、帰りに、お砂糖とか、お米とか、ヨウカンなどが、
もらえる、という、ふつうなら、耳よりの話だった。
とくにそのころ、"優秀音楽家"ということで表彰されたパパは、
ヴァイオリニストとして有名だったから、おみやげも、たくさんいただけるだろうと、
話を持ってきた、その人は、いった。

ママがパパに聞いた。「どうする?行ってみる?」

たしかに、演奏会の数は、へっていた。だいいち、出征していく人がふえてきて、
オーケストラのメンバーもそろっていなかった。NHKの放送の仕事も、ほとんどが
戦争のことになっていて、パパたちの音楽の仕事はすくなかった。だから、今では、
こういう仕事も、ありがたい、はずだった。

でも、パパは、ママの質問に、時間をかけて、答えた。
「…ぼくのヴァイオリンで、軍歌は、弾きたくない。」
ママは、いった。
「そうね。やめれば?食べものだって、なんとか、なるわよ。」

パパだって、トットちゃんが、ろくな食べ物しかなくて、毎日、キャラメルの販売機に、
むなしく、お金を入れていることは、知っていた。だから、ちょっと行って、軍歌を
弾いて、おみやげをもらって帰れば、どんなに家の中が、たのしくなるか、そして、
トットちゃんにも、食べものを、おなかいっぱい、食べさせてやれるだろうことは、
わかっていた。

でも、それより以上に、パパには、自分の音楽が大切だった。ママにも、それが、
よくわかっていたので、
「ちょっと行ってきてくだされば、いいのに…」
なんて、いわなかったのだ。

パパは、トットちゃんに悲しそうに、いった。
「ごめんね、トット助!」

トットちゃんには、まだ芸術とか、思想とか、また、仕事のことは、よくわからなかった。
でも、パパがほんとうにヴァイオリンが好きで、そのために、勘当というのになって、
家や、親戚の、のけものにされたことや、あと、いろいろたいへんなことがあったけど、
それでも、絶対にやめなかったこと、知っていたから、いやなものは、弾かないほうが
いい、と思った。だから、トットちゃんは、パパのまわりを、とびはねながら、
元気にいった。

「平気!わたしもパパのヴァイオリン、好きだもの!」

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出張帰りのバスの中で読んで、思わず落涙。
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by zhimuqing | 2012-11-06 23:28 | Make Me Wanna Holler | Comments(2)
Commented at 2012-11-07 20:08 x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
Commented by zhimuqing at 2012-11-09 00:19
>> 鶉雛聖司さま

富士山のふもとです。
っていうより、一緒に来ないの?
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