単なる神輿なのかい?

先日の震災の追悼会で、天皇の御言葉がテレビ局によって
一部削られていた件はなかなか考えさせられる。

テレビ局の放送の多くで削られた部分は以下の一文

再びそこに安全に住むためには放射能の問題を克服しなければならないという、
困難な問題が起こっています。


あえてカットしたのか、そうではなく通常の編集であったのかは
見る人によって感じ方が違うと思うのだが、
大越某の報道姿勢、他局でも同じ箇所がカットされていたことから
私には意図的なカットだったと思う。
要するに、原発利権の方が、天皇よりも重要だということなのだろう。
まあ「天皇」を単なる神輿として担いでいるだけという点では
明治維新以降、何も変わっていない構造ではあるのだけど。

私がよく分からない(ある意味よく分かる気もするが)のは、
日頃、勤皇だ神の国だ愛国心だ道徳心だと言っている人達は
何故行動しないのか、という点。
1週間前に退院したばかりの天皇の御言葉がカットされても、
その天皇家が住んでいる東京(帝都?)、国土(皇土?)が広く汚染されても、
東電や保安院や国会の前で街宣をやっていると言う話も聞かないし、
NHKなんかに乗り込んだという話も寡聞にして聞いたことがない。
(電力関係者がNHKに毎日乗り込んで恫喝しているという話は聞くが)

先日話題になった府立高校の校長が君が代斉唱の際に、
教職員の口の動きをチェックしていた件だってそうだろう。
「やはり、強制になるということではないことが望ましい」との
直々のお言葉があったにもかかわらず、全く敬意が払われていない現状、
彼らにとって問題なのではないか?
あくまでも「玉」に過ぎないのかな、やっぱり。
大の大人が歌を歌っているかどうか、口元のチェックをしている図の
滑稽極まりないことよ。

今上天皇の言葉や行動の行間から零れ落ちるメッセージは
本当に素晴らしいと私は思う。
文章もご自分で推敲されたものだと思う。
立場上、様々な制約があるだろうから、行間を読み取るしかないのだが。
全開の本音を一度でいいから、語って頂きたいものだ。


東日本大震災から1周年、ここに一同と共に、震災により失われた多くの人々に
深く哀悼の意を表します。
1年前の今日、思いもがけない巨大地震と津波に襲われ、
ほぼ2万に及ぶ死者、行方不明者が生じました。
その中には消防団員を始め、危険を顧みず、人々の救助や防災活動に従事して
命を落とした多くの人々が含まれていることを忘れることができません。

さらにこの震災のため原子力発電所の事故が発生したことにより、
危険な区域に住む人々は住み慣れた、そして生活の場としていた地域から
離れざるを得なくなりました。
再びそこに安全に住むためには放射能の問題を克服しなければならないという
困難な問題が起こっています。

この度の大震災に当たっては、国や地方公共団体の関係者や、
多くのボランティアが被災地へ足を踏み入れ、
被災者のために様々な支援活動を行ってきました。
このような活動は厳しい避難生活の中で、避難者の心を和ませ、
未来へ向かう気持ちを引き立ててきたことと思います。
この機会に、被災者や被災地のために働いてきた人々、
また、原発事故に対応するべく働いてきた人々の尽力を、
深くねぎらいたく思います。

また、諸外国の救助隊を始め、多くの人々が被災者のため
様々に心を尽くしてくれました。
外国元首からのお見舞いの中にも、日本の被災者が厳しい状況の中で
互いに絆を大切にして復興に向かって歩んでいく姿に印象付けられたと
記されているものがあります。
世界各地の人々から大震災に当たって示された厚情に深く感謝しています。

被災地の今後の復興の道のりには多くの困難があることと予想されます。
国民皆が被災者に心を寄せ、被災地の状況が改善されていくよう、
たゆみなく努力を続けていくよう期待しています。
そしてこの大震災の記憶を忘れることなく、子孫に伝え、
防災に対する心掛けを育み、安全な国土を目指して進んでいくことが
大切と思います。

今後、人々が安心して生活できる国土が築かれていくことを一同と共に願い、
御霊への追悼の言葉といたします。
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by zhimuqing | 2012-03-12 00:28 | Make Me Wanna Holler | Comments(0)
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